私の曲作りの履歴を振り返ってみると実はかなり古く、小学生の頃にはもう最初のオリジナル曲を書いていたりします。と言っても、一番最初に形になった曲は音楽教室で電子オルガンの発表会のために書いたものでした。音楽教室のカリキュラムの中で簡単な作曲というのがあるのだと思うんですが、振り返ってみるとこの電子オルガンという楽器を習ったおかげで作曲、編曲についてはずいぶん鍛えられたのだと思います。それこそが前回に述べた「貴重な経験」だと思っているわけですが。
もともと、多段の手鍵盤+足鍵盤という構成そのものはパイプオルガンを踏襲しているとはいえ、電子オルガンという楽器自体は歴史のそれほどない楽器です。ピアノの場合は古くからピアノのために数多くの曲が書かれ、練習法も確立しているわけですが、電子オルガンの教則本には往年のスタンダードナンバー、歌謡曲、あるいは民謡等々あらゆるジャンルの曲を両手+足で演奏するために編曲したものが多く載せられています。どうしてもクラシック曲を演奏することが多くなりがちな(と私が思っているのは偏見ですか?)ピアノや管弦楽器とはちょっと違います。多くのジャンルの曲に触れていることは、編曲の際に強力な財産になります。それだけ使える材料が増えますからね。
教則本にない曲を弾く場合には、いわゆる耳コピーで譜面を起こし、自分で弾けるように編曲していく……と言う手段を執るわけですが、電子オルガンの場合、いわゆるバンド構成を再現するためには非常に敷居が低いんですよね。もともとドラムパートは自動で演奏してくれるリズムマシンを装備しているのが一般的ですから、これを使ってドラムは自動、足鍵盤でベース、左手でバッキング、そして右手でメロディー……という風に、ほとんどそのまま作れてしまうわけです。もちろん手の本数の制限や個人の力量に応じて簡略化するわけで、そのあたりが編曲の腕の見せ所なんですが。
そして、一から曲を作っていく作曲のときにも同じ事が言えます。今風の曲をそれっぽいイメージにまとめやすいんです。最初のオリジナル曲を作って以来調子に乗ってしまった私は、その後も曲を書きまくりました……この頃はまだ歌詞のないものばかりだったんですけどね。譜面には残っているものが多いので、特に気に入っているものについてはまた復活させてみたいと思っています。高校の音楽の授業に「自由発表」なるものがあり、そのときに発表した曲なんかもありますし。
電子オルガンを「卒業」してからの作曲活動は、一つの壁にぶつかりました。それまで3段以上あった鍵盤がシングルキーボードの1段だけになってしまい、思いっきり欲求不満の状態になったんです。そして、このときに自分がこれまでして来た「作曲」が実は「編曲」の部分をかなり多く含んでいたことも思い知ることになります。狭い意味での作曲はメロディーを作るところまでで、ある意味非常にシンプルです。それにいろいろと飾り付ける編曲によって曲はいろいろな姿に変わってきます。
そのことに気付かされた私の曲作りに革命的な変化を与えたのがパソコンでした。パソコンで電子楽器をコントロールして、何パートでも同時に、正確に演奏させられるようになったわけです。私の脳裏に強烈に焼き付いているのは、テレビで見たTM NETWORKのステージでゴージャスに並べられたシンセサイザーを演奏する小室哲哉の後方にパソコンが鎮座していたことでした。自動演奏を行うシーケンサという機材もあるわけですが、パソコンには広い画面があるので編集が楽です。また、他の目的に使えるという汎用性もあります。「勉強に使うから」と親に資金を一部提供してもらい当時はまだ高価だったパソコンを入手した私ですが、実は最大の動機は音楽制作のためだったりします……もちろん勉強にもちゃんと使いましたけどね。
そして、もう一つ劇的な変化を与えたのが歌詞を書くようになったこと。何がきっかけだったのかは覚えていないんですが、とにかく歌詞でも表現してみたくなったんですよね。カラオケボックスの普及で自分でも歌を歌う機会が増えてきたことが影響しているかも知れません。どう変化したのかについてはWeekly SSKで採り上げたこともありますが、曲というものの本質を見直すいい機会になった気がします。歌詞は表現したいものを直接的に伝えられる手段ですが、一方でそれに頼らずメロディーだけで表現できるもの、さらには歌詞抜きでなくては表現できないものだってあるんじゃないか?と思います。
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