手の届く距離がいい

家でマドレーヌを焼きました。ここで作り方を紹介して以来実に2年9ヶ月ぶりになりますが、オーブンレンジを始め大きなボールやハンドミキサーなど道具は全部残してありましたし、写真付きのレシピをあのときにちゃんと作っておいたおかげで、これだけのブランクがあっても一応は形になりました。試食してみたら、ちょっと懐かしい味がしました。

あのときの記事を読んでいただければわかるとおり、私にとってはこれは「おふくろの味」への挑戦でもありました。何人かに食べてもらって、「まあまあいける」とか「とっても美味しいです」とか感想をもらいましたが、一番意見を聞きたかった相手である弟からは今のところ特に聞いていません。彼にはまだまだ物足りない味だったのかも知れませんね…まあ、私自身も「今回はちゃんと焼けただけでひとまず合格点、まだまだ努力が必要」と思っていますが。


ところで、先ほどマドレーヌの味を「ちょっと懐かしい」と形容したわけですが、実際にどんな味なのかをここで正確に伝えるのは至難の業です。味というのはやっぱり食べてみなくてはわからない…としか言いようがありません。

技術革新が進んで、コンピュータを駆使して人間の感覚を騙し、あたかもそこにないものを実感できるようにする仮想現実…いわゆるバーチャル・リアリティが少しずつ実現されていますが、味覚というのはまだまだバーチャル化にはほど遠い感覚の一つです。というよりも、現在のところ技術が人間を騙すことのできる感覚は視覚と聴覚くらいなものですよね。まあ、この二つは騙すのが簡単なばかりかその効果も絶大なんですが。おかげで、ホームシアターでさえ乗り物酔いしてしまうわけです。

ただ、確かに視覚と聴覚は非常に情報量の多い感覚ですが、それだけで全てをカバーすることは不可能です。SSK Worldのそこかしこで触れているとおり、私は自分で操作する広い意味での「道具」には非常にこだわるタイプだと思っていますが、道具を選ぶときの最後の決め手は基本的に触覚、そしてメディア越しではない生の視覚や聴覚です。もちろんカタログや試用レポートも参考にはしますが、実際に現物に触れてみないと納得できません。結局は触れて使うものですからね。

ですから、通信販売というのは実は苦手です。レッツノート・CF-R2をネット通販で発注したときも、どんなものが届くのか少し不安でした。あれが従来の筐体と同じ製品ではなく全くの新シリーズだったら、おそらく発売前の購入は思いとどまったことでしょう。最近は完全にネット通販限定の商品も増えてきて、私にとっては重大な問題になりつつあります。

インターネットの普及で膨大な情報が巷に氾濫するようになりましたが、どんなに量が増えても、基本的に視覚と聴覚の範囲のみの、しかも間接的な情報であることは変わっていません。それを鵜呑みにするのではなく、自分の中で五感を駆使してかみ砕いていくことが必要なのだと思いますね…ことあるごとに主張していることではありますが。


人と人とのコミュニケーションについても似たようなことを感じます。Webサイトを開設している人間がこんなことを言うのも変なんですが、私は電子メールが苦手です。その最大の理由は、得られる情報が非常に限られているから。電子メールに載ってくるのは普通は文字情報だけです。全く面識のない方から電子メールを受け取ったとき、そのメールを書いたのがどんな人物なのかは、書かれた文章の意味から読み取るしかありません。

初対面の人と会話するときには、皆さんも得られるあらゆる情報を駆使して相手の人物像を探っているはずです。会話の内容だけではなく容姿や服装、声や言葉遣い、さらには「いい香りがする」「この人、汗くさい」のような嗅覚まで動員し、まさに五感をフル活用です。ただ、こうした情報は誤った先入観を作ってしまう危険性もあります。裏を返すと、電子メールはそうしたものを極限までそぎ落として「中身だけで勝負」できるメディアなのかも知れません。ただ、リアルタイムではない以上、やろうと思えば思いっきり「演技する」ことも可能なわけで、ちょっと怖いところですが。

実際に顔を合わせたことのある相手なら、メールでのやりとりも少し気楽です。でも、たとえ仲の良い友達とのやりとりでも、面と向かって話しているときには冗談で済みそうな話が、電子メールになると妙にとげのある言葉に感じることがありませんか?。きっと、全く同じ台詞を話していても、直接会っているときには表情や口調で別の要素を伝えているんですよね。情報がそぎ落とされすぎたせいで起こる誤解が多いような気がします。当然相手からこちらを見ても同じことになるはずですから、メールの返事を書くのは非常に気を遣いますね。

的確に用件さえ伝わればよいビジネス上のやりとりならともかく、お互いに「心」を伝えたいときには電子メールは物足りない気がします。やっぱりベストは直接手の届くくらいの距離で向き合って話すこと。そして、今や前世代のメディアとなりつつある電話や手紙も結構馬鹿に出来ません。電話はリアルタイムで声を伝えられますし、手紙は文面だけでなく書かれている文字の字体や使われている便せん、封筒などからも語りかけてくれます。…まあ、私の考え方が古くさいだけかも知れませんけどね。いわゆる「出会い系サイト」が縁で結婚した知り合いもいますし。


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