昨年11月に出かけた、槇原敬之がフルオーケストラと共演したコンサートツアー・「cELEBRATION 2005 ~Heart Beat~」のパンフレットが、宅配便で私の家に届きました。先に案内のあったとおりのA5判ハードカバー。表紙はえんじ色のスエード調仕上げで、パンフレットと呼ぶにはあまりにも豪華。むしろ日記帳か何かのような雰囲気があります。
4都市での全ての公演を、バックステージも含めて撮影した大量の写真が収められています。名古屋公演の写真では、観客席に私たちらしい後ろ姿も見えました。実際にいたのだから当たり前なんですが、やっぱり嬉しくなりますね。また、公演終了後のインタビュー記事も収録されています。彼が今回のコンサートの選曲、会場に求めた「愛を祝い合おう」のコーラス、最後の万歳三唱などに掛けていた意味も聞くことができます。
ツアーの思い出の品としては、とても良いものに仕上がっていると思います。ただ、これは観客への案内、解説の意味を込めた「ツアーパンフレット」と呼ぶよりも、むしろ足跡を振り返る「ツアーアルバム」とでも呼んだ方が表現は的確そうですね。だからこそ、日記帳を意識した装丁なんでしょうか。
購入したときにも触れましたが、このパンフレットは小口を南京錠で封印された状態で届きます。最初に予約したときにもらった鍵で開けて、中身を見ることになります。この南京錠には、きれいな金色のメッキが施され、鳥をかたどったツアーエンブレムが彫り込まれていたりして、なかなかの高級感です。考えてみると、鍵を掛けるという行為自体も日記の文法です。
鍵を持っている自分だけが中を見ることが出来る…という仕組みは、秘密を限定した人たちだけで共有していることによる一種の優越感を持たせる仕掛けになります。中身だけでも私は十分に5,000円に値するものだと思いましたが、こうした演出の部分まで含めてあの価格が付けられているような気がしました。
5,000円という価格にひるんで購入を躊躇した人は、この「パンフレット」と呼ぶにはあまりに高級な商品を見ると、きっと悔しがるのではないでしょうか。そんな顔を見ることで、持っている自分はまたも優越感に浸れてしまったりします。まあ、パンフレット自体は通信販売で後から購入することも出来るようですが。
私たちは、しばしば「期間限定」や「数量限定」などの言葉につい乗せられて買い物をしてしまいます。これらは、先からしばしば出てくる「優越感」に訴えた商法だと言えると思います。私が買うこれは、誰にでも簡単に買えるわけがない…というところですね。私自身もこういう買い物に乗ってしまうことが多いのでよくわかります。今回のパンフレットも、注文された分だけ生産されて届く…という点では数量限定ですから、こうした要素を持っています。
この優越感が、「価格が高くても納得できる」という方向に働くか、「安く買えて自分だけ得をした」という方向に働くかは価格設定次第…ということになります。もちろん先のパンフレットは前者のパターン。そして、私の自作PC用ケースでお馴染みのソルダムは、しばしば後者の心理に訴えた数量限定バーゲンセールを開催します。ただ、当初の限定数をしばしば大幅に超えて追加するんですよね。何だか「限定所有」の優越感が削がれて面白くありません。あの会社の製品のクオリティはともかく、売り方については他にも2~3時間ごとのスパムまがいのメールなどいろいろ言いたいことがありますが、これについてはまた機会があれば。
そのソルダムの製品の売り方に文句が言えないのは、 やっぱり製品自体のクオリティに手抜きがないところに理由があります。逆に、限定所有の優越感だけがあっても、品質がついてこなければダメなんですよね。最終的には、モノ自体で勝負出来る製品であることが必要なのではないでしょうか。
もう一つ、優越感に浸らせる方法として、「わざわざ手間を掛けさせる」というものがあります。先の南京錠などはまさにその典型。かつて日本IBMがわざと指紋の付きやすい表面光沢仕上げのキャビネットをノートパソコンに採用して、クリーニングクロスを標準添付した…なんてことがありましたが、これもまさに手間を掛けさせる優越感の演出かも知れません。
もしかしたら、コーヒーサイフォンで淹れるコーヒーにもこれに似た面があるのかも。ムービーも交えて説明したように、かなりの手間がかかりますからね。手間を掛けることが美味しく淹れるための手段なのか、美味しく飲める理由なのか…もちろん本来は前者なんですが、気が付くと後者の面もあるような気がします。
昨年11月の槇原敬之コンサートツアー「cELEBRATION 2005 ?Heart Beat?」の時に購入したパンフレットがようやく手元に届きました。本文にもいろいろ書きましたが、様々な面から私たちの優越感を煽る演出が施されています。…ここで言う「優越感」は、言い換えると「プレミア感」なんて表現も出来るのかな?と思うわけですが。さすがに、公演ごとに別のパンフレットを用意する…ということはなかったようです。
実は、11月のコンサートから2ヶ月以上後の今まで待たせることも、その演出といえるのかも知れません。「時間」という大いなる手間を私たちに掛けさせているわけですから。私たちが待つことは、それに正当な理由があれば結構許せてしまいます。もちろん、あまりに度が過ぎてしまうとそうも行かなくなりますよね。
あと、待つことに関連すると思いますが、私たちが手間を掛けるだけでなく、製品を作る側が手間を掛けることも当然プレミア感の演出につながります。「手作り」の評価が上がるのはまさにそこが理由。特に、作った人の顔が近くに見えるほどそれは強くなるような気がしています。これは、純粋な品質の評価とはまた違った軸の話ですよね。
私の回りにも、結構たくさんの手作りの品があります。優越感というよりも、むしろ作ってくれた人に対する感謝の気持ちは忘れたくないな…と思っています。もちろん、自分自身の手作りとなると、また感覚が変わってくるわけですが。「デキの悪い子供ほどかわいい」に近かったりして。
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