ビンテージな音は守れるのか

2月ももうすぐ終わり。多くの人たちにとってはいよいよ年度末の1ヶ月です。何故かせわしないこの時期。よく「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」などと言いますが、「2月が逃げる」の理由ははっきりしていますよね。何しろ、2月は他の月よりも2~3日短いんですから。

私の職場も3月で年度末なので、これから忙しくなるのかも知れません。それでも、4月に(本格的には週明けの3日からになるのでしょうけど)爽やかに新年度が迎えられるように、頑張るしかないのでしょうね。


さて、今日の話題は年度明けの4月1日から本格的に施行されるある法律に関係した話です。電気用品安全法という、2001年の4月1日から既に施行されている法律があります。従来の電気用品取締法から改正されたこの法律により定められた、特定の種類の電気製品は、新法の安全基準に適合しているもの以外は、事業として販売できないことになっています。移行措置として猶予期間が定められていましたが、このうち期間が最短の5年間と定められていたものの期限が切れ、4月1日からは本当に販売できなくなる電気製品が出てきます。

もちろん、現在生産・販売されている電気製品は新法の基準を満たしていますから大丈夫なんですが、問題になるのは中古品として販売されているもの。これらの商品については、新法の安全基準を通っていないものについては販売が出来ません。改めて新法の安全基準で検査を受けて合格すれば良い…ということになりますが、無線LAN機器の電波法関係の検査と同じように、手間も費用もかかる作業で、個別に申請するのは現実的ではないようです。

今回猶予期限が来る電気製品には冷蔵庫、洗濯機、テレビ、オーディオ機器など、中古市場で広く流通しているものが含まれています。リサイクルショップなどから見ると、4月から不良在庫になる商品が大量に出てしまうわけで、これは一大事です。この本格施行が、中古販売業者に対して十分に周知徹底できていなかったことから、期限の差し迫った今になって大騒ぎになりつつあるようです。ギリギリになって慌てるのは、社会の中ではままあることですが。

ちなみに、先に「事業として販売」と書いたとおり、個人間での不要品の売買などについては対象外となるようです。ネットオークションもこれに類する行為といえるわけですが、ネットオークションでも、明らかに事業としての販売を目的とした出品を結構見かけます。どこで線引きをするのか?…グレーゾーンが結構広いような気がします。


基本的に新しもの好きな私の場合、電気製品はほとんどの場合新品で購入します。ですから、中古市場が一大事だ…といわれても全然実感がありません。新しい電気製品は、従来よりも高機能でエネルギー消費も小さいのが普通です。また、メーカーによる保証も一定期間有効です。総合的に考えると、わざわざ中古品を買って使うメリットは、よっぽど資金が足りない場合を除けば思いつきません。

しかし、今回規制を受ける電気製品の中で、この考え方が当てはまらない分野があります。それは電気・電子楽器。この分野は、5年どころか数十年前の製品が未だに現役で働いている、数少ない分野です。それも、古い楽器だから安い…というわけではなく、むしろ古くなるほど値段も高くなる「ビンテージ」という考え方が思いっきり通用する世界です。

何故ビンテージの電気・電子楽器に価値が出るのか?…一言で言えば「その製品にしか出せない音があるから」です。特に電子音を合成する楽器・シンセサイザーの世界ではこれが顕著ですね。かつてアナログ回路で制御されていた頃と比べると、現在のデジタル処理では安価で安定した演奏が出来るようになりました、しかし、アナログ制御の不安定さが逆に音の暖かみやクセといった要素になって、機種ごとの個性になっていた面があります。

現在の最先端のデジタル・シンセサイザーでは、こうした個性を出すことを狙って、アナログ回路の制御をシミュレートして音を合成する…というシステムがあります。何とも皮肉な話ではありますが、それでもかつてのアナログの名機の「暖かさ」の部分はなかなか取り戻せないようです。しかも、アナログ機を新法の基準に適合するために改造すると、今度は音の方が変わってしまう可能性がある…という困った問題もあります。現代の技術で純粋にアナログの回路を作っても、精度が高すぎて味が出てこないかも知れません。それ以前に、アナログ回路を設計できる技術者はいるんでしょうか?

当然、ビンテージ楽器は中古市場でのやりとりが中心になります。単に規制を掛けられて、ビンテージ楽器の流通が止まってしまうと、これらの調達が難しくなり、思うように使えなくなる…という可能性が出てきます。シンセサイザーだけでなくエレキギターなども影響を受けますから、現代の音楽でビンテージ楽器の使われている分野は、おそらく皆さんが思っているよりもずっと多くなります。もしビンテージ楽器が巷のCDから消えたら、私たちの耳に入る音楽はずいぶん違ったものになるはずです。


こうした状況を憂慮して、日本シンセサイザープログラマー協会では、電気・電子楽器に対する電気用品安全法の規制を緩和してもらえるよう、署名活動をしています。メジャーな製造会社も名前を連ねていますが、基本的には実際に現場で働くミュージシャンたちの組織です。名簿を見ると、知る人ぞ知るそうそうたる面々が並んでいます。

Web上からも署名は可能です。彼らの意見に賛同できる方は、署名に参加してみてはいかがでしょうか。この署名が現在の流れをどう変えられるかはわかりませんが、私自身も既に署名しています…現代の音楽文化を未来に伝えていくためにも。

4月1日から本格的に施行される電気用品安全法の影響を考える、社会派のWeekly(?)です。電気製品と「ビンテージ」という言葉は不釣り合いなように見えますが、新しければよい…というものではない世界は、電気製品の中にも確実に存在します。

アナログ楽器の暖かさをデジタル楽器がなかなか真似できない…という話が出てきますが、lこれはデジタル制御自体の特性に問題があるのかな?と思っています。というのも、無段階のアナログ制御を、階調に分けてサンプリングしてしまうわけですから。「デジタル」と聞くと、無条件に高性能なものであるというイメージを持ってしまいがちですが、実際にはそうではないこともあるんですよね。


本文中に、エレキギターも電気用品安全法の影響を受ける…と書きましたが、実際にはエレキギター自体はこの法律の対象になりません。というのも、エレキギターという楽器は弦の振動をピックアップで電気信号に変えて送り出す…という構造で、自らは電源を持っていませんからね。空気の振動を電気信号に変えるマイクと、原理的には同じことです。

ところが、取り出した電気信号を増幅するアンプは規制対象になります。そして、ギターアンプというのもまさにビンテージに価値のある分野なんですよね。ですから、本文で取り上げた署名活動の発起人には、シンセサイザーで一世を風靡した坂本龍一氏のような人だけでなく、ギタリストの高中正義氏も名を連ねています。


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