水曜日・9月6日に、秋篠宮妃紀子さま(細かく言うとこの表現もちょっと適切でないらしいんですが)が男のお子さまを出産されました。皇室では41年ぶりの男子ということで、日本全体がお祭りムードで盛り上がっているようです。商店街に出向くと、大きな店ならどこでも「奉祝・新宮様のご誕生をお祝い申し上げます」なんて垂れ幕が掲げられています。
お祝いすることは良いのですが、お祝いムードが他のいろんな問題を全て吹き飛ばしてしまうのはちょっと問題だなぁ…と思います。それなら、むしろこの勢いを他にも活用したら?いうことを以前書いたことがありますが、今回はそれとちょっと違うところで思うことがありました。
そもそも、「紀子さまご懐妊」のニュースが飛び込んできたのは今年の2月。当時のニュース記事を振り返ってみると、「約6週目と見られる」とあります。2ヶ月目の前半ですよね。生理がなかなか来なくて、女性が妊娠を疑い始める頃です。皇室に限らず、有名人の妊娠発表で、こんなに早期に発表されたのは私は聞いたことがありません。そこにはっきりと違和感を感じたのを覚えています。
先にも触れたとおり、長い間男の子が生まれていなかったので、天皇は男系男子…つまり、天皇の血筋を父親側で引き継ぐ男の子が受け継いでいくというこれまでの決まり事を、見直そうという動きが出ていました。もちろん賛否両論があって良いわけですが、何しろ2,700年近く続いてきたことになっている決まり事ですから、それを簡単にひっくり返しても良いのか?という論調はかなり強くあったのを記憶しています。
そんなときに突然の「ご懐妊」発表で、論議は事実上ストップしました。「お子様が生まれるのを待ってみよう」というムードになりました。実は、生まれてくる子供が男の子か、女の子かに関わらず、根本的な問題がなくなるわけではなく、特に女の子だとしたら事態はさらに深刻になるはずなんですが、これまた不思議です。どうも、多くの人たちの間に「男の子なんじゃないか?」という直感が働いたようです。
現代の医学では、超音波診断で胎児を見ることが出来ますから、おそらく秋篠宮ご夫妻は男の子であることを生まれるよりも前にご存じだったのではないかと思います。しかし、さすがにご懐妊発表の時点では、まだ性別判定は難しいはずです。もしかすると、男の子の産み分けを狙って人工授精で何か手を打ったのでは?と思ったりもします。これなら、発表が極端に早期だったこととも符合しますよね。男女産み分けは、それこそ賛否両論があるわけですが、天皇家はかなり特殊な「お家の事情」を抱えていますからね。必要に迫られたとは言えるかも知れません。
とりあえず、今後50~60年くらいの間は天皇家は何とか男系男子でつないでいけそうですが、根本的な問題が消えたわけではありません。まあ、これまで長年続けられてきたことですから、いざとなれば何とかしてしまうのかな?という気もするわけですが。
合唱団の仕事で、あるアンケートの原稿を作りました。男性と女性とで回答の傾向が違うのではないかな?と予想されたので、設問の中に「性別:男・女」という項目を作りました。ところが、何人かの方に原稿を見てもらったところ、この設問が問題視されました。結局この部分は修正され、性別の代わりに「ソプラノ・アルト・テナー・ベース」のパートで聞くことになりました。
このときに、「ジェンダーを聞くのには違和感がある」という意見をいただきました。確かに、私がこのアンケートで欲しかった回答は、同じ「性別」でも生物学的に雄か、雌かというセックスではなくて、社会的にどういう立場でいるのかというジェンダーの方だと言えるでしょう。社会の中での役割が違うことで、行動が変わってきて、その結果アンケートの答えも変わってくるだろう…と考えていました。
ジェンダーの存在自体が社会的差別なんだ…という考え方もあって、先の「天皇は男系男子」の論議のときにも、「男性」という縛り方をするのは差別的だとして反対する声があったようです。天皇制の話は純粋にジェンダーだけの話でもないので単純には語れないわけですが、太古の昔から綿々と続いてきた天皇制の考え方は、かつての男尊女卑社会とどうしても結びついてしまうところがあるのかも知れません。
ただ、一つ間違いないのは、生物学的には基本的に雄と雌の2種類(これまた厳密に言うと問題は多いようなんですが)がいること。全く同じことをさせれば、どちらかがもう片方よりも上手に出来る…という相対的な差はどうしても出てきてしまいます。これまで社会が生み出してきたジェンダーというのは、そうした部分も多少は踏まえて出来上がってきたもののはずです。不当に押し込めることは良くないと思いますが、強引に全てを同じものにしようとすると、うまく行かないのが当たり前だと思います。どちらが優れているかという問題ではなくて、一番大事なのは「違う」ということ。そこが基本ではないでしょうか。
私は、ジェンダーを聞くことに躊躇するのはさすがにちょっと過剰反応のような気がします。現状として「オンナ」と「オトコ」の2種類の社会的役割のパターンがあると考えられる以上、それを分類に使うのは有効でしょう。それでも、こちらの意図には関わらず、それを「差別的だ」と捉える人がいるのなら、配慮する必要があるのかな?と思い、修正に納得しました。
パートを教えてもらえば結果的に性別を聞いていることになる…ということなんですが、それなら、性同一性障害を抱えていて、例えばパートは女声パートでも「自分は男だ!」と思っている人の場合はどうなってしまうんでしょうか?。問題は逆にややこしくなってしまうような気もします。この場合、「男」と答えていただいた方がアンケートとしては良質な回答のはずです。まあ、そんなことを考える私の方が考え過ぎなんでしょうけどね。
水曜日・9月6日に、秋篠宮妃紀子さまが、男のお子様をご出産されました。もちろんとってもおめでたいことなんですが、ちょうど他にも考えさせられることがあったので、今回はこんなタイトルで考えてみました。
基本的に、世の中にオンナとオトコがいるのは確かなことで、それぞれに違いがあるのも当たり前です。そのことを踏まえた上で、不当な差別が起こらないように考えていくことは必要だと思いますね。もっとも、秋葉原駅の電気街口前で、メイド姿でチラシまきをしている女性たちを見ると、ジェンダーを積極的に利用してきたのはむしろ彼女たちのような気もしてしまうわけですが。あの格好で「お帰りなさいませ、ご主人様」とやられて、いい気分のしない男はそう多くないと思いますよ。そのままついふらふらと…私は行ったことはありませんけどね。
女系天皇を認めるかどうかの問題は、ジェンダーの問題とはちょっと次元が違う問題だと感じています。むしろこれは皇室2,000年以上の伝統と意地の問題でしょう。結果的に、皇室側が土俵際で踏みとどまって押し返した形になったわけですが。
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