はやぶさが帰ってくる

今回のWeekly SSKは、ちょっと懐かしい話題です。1月13日に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)がある発表を行いました。小惑星探査機の「はやぶさ」が、地球の引力圏(半径150万km)を通過する、地球との最接近距離が140万kmとなる軌道に乗ったことを確認したのだそうです。
4年前に、小惑星「イトカワ」への着陸、さらには試料の採取という世界初の難作業に挑んだはやぶさ。その後、様々なトラブルに見舞われながらも、地球への帰還という最後にして最難関のチャレンジが続いていました。
14日の時点で、まだ地球とは約6,000万km離れた場所にいて、現在は地球と並行して太陽の周りを回っているはやぶさですが、地球の引力圏に入れば、地球を回る軌道に移っていくことになります。言い換えると、これで地球に帰って来られる一応の目処が立ったことになります。


JAXAのWebサイトでは、「今週のはやぶさ君」という経過報告が更新され続けています。ときどき覗きに行っていたのですが、じっくり読んでいくと、結構おもしろいですね。昨年の11月にもエンジンのトラブルがあったのだそうですが、これも運用の工夫で何とか乗り越えました。
はやぶさは、推進用のエンジンとして「イオンエンジン」と呼ばれるものを搭載しています。これは、帯電させた粒子に強い電界をかけて噴射させる仕組みのエンジンで、燃料を「燃やして」吹き出す従来のロケットエンジンと比べると、非常に効率が高いのが特徴です。その代わり、推進力自体は小さいので、長時間かけて少しずつ加速していく…という使い方をします。
搭載されている4基のイオンエンジンは、数々のトラブルを抱えて、1つずつではまともには動作しない状態。それでも、2台分のエンジンの無事な部分を使い回して1台のエンジンとして使う…という方法で、運転を再開したのだそうです。
これまでにも、はやぶさには数々のトラブルが発生してきましたが、その度に対策を考えて乗り切っています。対策を打っていくこと自体は、現状を分析した上での冷静な判断の積み重ねなのでしょう。しかし、それは本来の運用方法とは違った使い方をしているわけで、よく考えてみると、そもそもそうした変則的な使い方ができるように作られていることが驚きです。
はやぶさプロジェクトのWebサイトを読んでみると、4基あるイオンエンジンのスラスター(噴射口)のうち、一つは予備であることがわかります。パソコンのRAIDドライブと同じように冗長性を持たせているわけですが、他にも万が一の事態のためにいろいろな仕掛けがしてあったのでしょうね。おそらく、ソフトウェアの組み替えでそれぞれの装備がかなり自由に動けるようにしてあったのではないかと思います。


ソフトウェアの組み替えといえば、「今週のはやぶさ君」の最新号となる14日の記事で、はやぶさとの通信についての記述がありました。現在、はやぶさと地上との間では256bps程度の通信が確保されているのだそうです。
普段はMbps単位の通信をフル活用している私たちからすると、これはもう目まいがしそうなほどの遅さです。1秒間に256ビットということは、英数字でたったの32文字。1MBのデータを送ろうとすると、1時間以上かかることになります。
もっとも、これが現在のはやぶさにとって遅すぎる速度なのか?というと、実際はそうでもないようです。これだけのデータがやりとりできれば、機体の状況のモニタリングは30秒間隔くらいで行えるのだとか。それよりも問題なのは、データが届くまでの時間です。光と同じ秒速30万kmで進む電波でも、遠く離れたはやぶさに届くまでには相当の時間がかかります。例えば、14日時点の距離・6,000万kmならその時間は片道で約3分20秒。これでは、届いたデータを元にリアルタイムに対応するなんてとても無理です。
指示を出すとしたら、状況を先読みしてあらかじめ用意しておくか、それともはやぶさ自身に判断させるか…ですね。4年前の私の記事でも触れていますが、はやぶさはもともと多くの部分で自律制御を行っています。いずれにしても、必要になるのは制御プログラムの書き換えですが、これにはおそらく大したデータ量は必要ありません。数KBもあれば意外にいろいろな作業ができます。通信がつながっているだけでも御の字です。


宇宙探査のような大型プロジェクトは、綿密に計画されたマニュアルに沿って進み、失敗が許されない…というイメージがあるわけですが、実際には完璧に動く計画なんてまずありません。実は、一番大事なのは予期しない事態にどのように対応していくのかであり、常にあきらめずに取り組み続けることが大切なのだ…と、はやぶさプロジェクトは私たちに教えてくれます。
今後も、月軌道半径を通過する軌道への移行、大気圏への再突入、そしてイトカワの欠片が入っているかも知れないカプセルの回収…と、まだまだ気の抜けない作業が続きます。安心できる状況ではないと思うんですが、無事地球に帰ってくるのをもう少し待ちましょう。予定通りに行けば、その日は今年6月にやってくるはずです。


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