木曜日・23日は、浜松フロイデ合唱団のベートーヴェン「第九」演奏会でした。ここ数年は、聴きに行くのが恒例になっている演奏会です。今年は、娘がもうすぐクリスマスだというのに熱を出してしまい、残念ながら妻の紫緒は家で留守番。私は、ボランティアとしてお手伝いをする予定になっていましたから、お休みしてしまうと迷惑がかかってしまいますし、一人で出かけました。
毎年共演者が替わり、前年とは違った演奏が楽しめるのが面白さの一つ。今年の指揮者・飯守泰次郎氏とは2004年にも共演していて、このときには私も舞台に上がっていますが、指揮者とオーケストラが同じでも、決して演奏は同じになりません。同じ「第九」でも、実は楽譜にいくつかのバージョンがある…という話もご紹介したことがありますが、今年使われたのはマルケヴィチ版と呼ばれるもの。浜松でこの楽譜による演奏が行われるのはおそらく初めてです。
この楽譜をまとめたマルケヴィチは、ヨーロッパで20世紀中盤以降に活躍したウクライナ生まれの指揮者・作曲家。ベートーヴェンが作曲した当時に「実際に鳴っていた音楽」を再現しようとしたベーレンライター版の考え方とはちょっと異なり、マルケヴィチ版はベートーヴェンが表現したかったものを現代の楽器でどう表現するか…というアプローチで解釈が行われているのだそうです。これを踏まえて今年はどんな演奏になるのかが、私の興味の一つでした。
今年の第九の印象は、一言で言えば「ゆったりした演奏だった」というもの。テンポ自体も、ベーレンライター版のとんでもないスピードと比べればゆっくりに指定されているのだと思いますが、それだけの話にはとどまらない、個々の楽器が一つ一つの音を十分に、豊かに響かせている感覚です。ベートーヴェンの生きた18~19世紀の楽器よりも幅広い表現力を持った現代の楽器で、この曲を作った当時は既に耳が聞こえなくなっていた彼が、イメージとしてどんな音を思い描いていたのか?を突き詰めたのが、この「ゆったり」なのだと感じました。
その「ゆったり」について行く合唱団は、近年では最も多い185人の大所帯。人数が多ければ、それだけ大音量の迫力を持って迫ってくるわけですが、それ以上に感じたのは、多くの声が集まることによって平均化され、まろやかな音が生まれていたこと。もちろん、これは団員の皆さんが練習を積み重ね、一つの音を形作っていく努力を続けているからこそ出来ることです。実は、人数が多いことは他にも演奏技術をカバーできる「ある利点」を生むんですが、この話は秘密にしておきましょう。
ともかく、合唱団の皆さんも、メンバーの多さを生かした、管弦楽の「ゆったり」に呼応する上品さと、ほとばしるエネルギーを併せ持った演奏を聴かせてくれたと思います。演奏の終わった後に「ブラボー!」という声が飛んだのも当然です。…ちなみに、あの「ブラボー」は、私やステージの上の皆さんにとっては確かに聞き覚えのある声。ミュージカルの師匠・Jonathanさんです。これまでにも数々の舞台に対して投げかけてきた、タイミングも絶妙に計られた名人芸です。
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