今週は、本格的に体調を崩してしまい、仕事を2日半も休む羽目になってしまいました。年度末に向かう忙しい時期に、こんなに長い時間職場を空けてしまうのは心配だったんですが、そうせざるを得ないくらいひどい状態だったのですから仕方ありません。それにしても悪夢だったのは水曜日でした。よりによってSSK Worldの15歳の誕生日に、どうしてこんなにひどい目に遭ってしまうんでしょうか(涙)。
もちろんこの日は平日でしたから、朝からいつも通りに出勤しましたが、昼前頃から、胃から腸にかけて腹部全体が痛み出しました。昼休みになって、弁当を広げてはみたものの、だんだん痛みが増えてきて、全然口にする気になれません。これでは仕事にならない!と思い、午後は休みをいただいて、帰宅することに決めました。
帰途についたわけですが、何しろ1時間半もかけて通勤している身。実は帰り着くだけでもとんでもない大仕事です。駅まで何とか歩いてたどり着いたものの、そこでトイレに駆け込む羽目に。水のような便が流れ落ちました…汚い話で申し訳ありませんが、しばらくの間お付き合いください。
やって来た電車にとにかく乗り込んだものの、揺られているうちにだんだん気分が悪くなってきました。腹だけではなく頭や身体の節々までが痛み出し、目の前が真っ暗になってきました。20分ほどで耐えきれず、とにかく停まった駅で這うように電車を降りましたが、足がふらふらして動きがままなりません。ベンチのない駅のホームに、ぺたりと座り込んでしまいました。それでも何とか立ち上がり、エスカレーターにしがみつくように登り、またトイレに直行。それにしても、そんな意識朦朧の状態でツイートしてしまう私も私です。ツイッターって怖い(笑)。まあ、おかげでmixiやFacebook経由でお見舞いの言葉もいただいたんですが。皆さん、どうもありがとうございます。
しばらくトイレに座っていたおかげでちょっと復活した私は再び電車に乗り、何とか自宅のある浜松まで戻ってきました。心配した妻が、駅まで車で迎えに来てくれたので助かりました。きっと徒歩ではまた座り込むか、トイレがなくて窮地に追い込まれるかだったでしょうね。改めて今考えてみると、無事帰ってこられたのが不思議なくらいです。
水曜日はかかりつけの内科の病院が休みなので、翌日の朝に病院に行くことにしましたが、夜になるとさらに痛みが増すわ、38度台の熱まで出てくるわで、状況はさらに悪化。夜間救急に駆け込むか相当迷いましたが、幸いロキソニンで発熱と痛みの方は落ち着いたので、何とか一晩は乗り切りました。「インフルエンザかも?」ということで、感染を防ぐためひとりだけ1階のリビングのソファーに寝転がり、不快感に身体をくねらせながら、水曜日は幕を下ろしました。
木曜日の午前中に病院に向かい、先生に診ていただきました。問診で1つ話しておいたのが娘のこと。実は、娘も先週から発熱、嘔吐や下痢の症状に悩まされていました。病院での「嘔吐下痢症」という診断名を聞いて、そんないい加減な病名があるのか?と思ったんですが、その名の通り嘔吐と下痢を繰り返す、ウイルス性の胃腸炎のことなのだそうです。
私は触診と血液検査、便の検査を受けた結果、「ウイルス性胃腸炎」という診断を受けました。要するに娘と同じ病気。先生の見解は「娘さんから移った可能性は高いですね」とのことでした。毎晩一緒に居るだけでなく、下痢の後片付けなどもするわけですから、感染しない方が不思議な話です。
となると、私以上に無事なはずがないのが妻。そういえば、妻は火曜日に「お腹が痛い」といってトイレに籠もっていました。その後もしばらく食欲が優れない状況が続いていて、今でもまだ完全には復調していません。私ほど激しい症状は出なかったようですが、彼女もウイルスの被害者である可能性は高いと思います。
さらには、いつも娘の面倒を見てもらっているお義父さんまでもが下痢を訴えてダウン。病院で私と同じ診断を受けて、同じ薬をもらって帰ってきました。これだけ一家から同時に発生すれば、発生源はひとつでみんな感染したと考える方が自然ですよね。ウイルスの猛威恐るべし、です。
薬を飲んで木曜日、金曜日と2日間おとなしくしていたおかげで、私の体調はようやく戻ってきました。土曜日には、何とか復活した私ひとりで、いつも通りBESS浜松展示場に出掛けてきました。この週末は大事な話をする予定になっていたので、何とか間に合ってほっとしています。この件については、改めてご報告しようかと思います。
この調子なら、月曜日にはちゃんと職場に復帰できそうな感じです。しかし、職場に戻ると机の上に書類の山ができているのではないか?と、今から戦々恐々。まあ、休んだ分を取り戻すべく頑張るしかないですね。
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