VOCALOIDの父に聞く

今日は、静岡市に出かけました。といっても、別に休日出勤したわけではありません。今日の目的地は、静岡県立中央図書館。ここで開催された、「大人のたしなみセミナー」なるものに参加するのが目的でした。「大人の読書活動推進事業」ということで、社会人向けに開催される講座だそうです。

県立中央図書館は、電車で行くとJR東海道線草薙駅からひたすら上り坂を歩いて約30分(今回は車で行きましたが)。県立美術館のすぐ隣にあります。美術館の方には何度か足を運んだことがありましたが、図書館の方に入ったのは今日が初めてでした。

これはまたどういう風の吹き回しなのか?というと、これはもうセミナーの内容に強く興味をそそられたから…ということに尽きます。この日のテーマは「ボーカロイドが目指したもの ~文字・歌声・コミュニケーション~」。講師の剣持秀紀(けんもち・ひでき)氏は、ヤマハで歌声合成システム「VOCALOID(ぼーかろいど)」を開発した、「VOCALOIDの父」と呼ばれる人物です。VOCALOIDは、あの初音ミクの歌声を支えているテクノロジー。いったいどんなお話が聞けるのか、楽しみにしていました。


会場の図書館講堂に行ってみて驚いたのが、思っていた以上に様々な年齢層、様々な立場の人たちが出席していたこと。私と同じように、打ち込みによる音楽制作からこの世界を知った同年代以上の男性たち。そして、初音ミク以降のムーブメントを通じて集まったのであろう、もう少し若い年代の男女がいるのは想定の範囲内でした。しかし、一つ驚いたのが、私よりもずいぶん年輩の紳士やご婦人の姿を結構見かけたこと。図書館が開催する企画だから…ということがあるからでしょうか。

そして、それ以上に驚いたのは、小中学生の女の子たちがかなりたくさんいたこと。「『大人の』たしなみセミナーなのに」と苦笑した私でしたが、彼女たちはVOCALOIDの歌う曲を日常的に聴いている年齢層なのだとか。バーチャル世界のキャラクターたちを、生身の人間のアイドルと同列に受け入れているようです。少女雑誌に初音ミクが登場したり…という展開も既に行われているそうですね。


先にも触れたとおり、講師の剣持氏はヤマハでVOCALOIDの開発に当たっているプロジェクトリーダーなんですが、ヤマハの本社は現在でも浜松市中区にあります。そして、剣持氏自身は県立図書館のすぐご近所、静岡市清水区の出身。実に地元にゆかりの深い方なんですね。

VOCALOIDの名称の由来は、もちろんVocal(歌手)の後ろに接尾辞の「-oid(「~っぽいもの」「~もどき」等の意味)」をつなげたもの。開発者としては、本物の歌手の歌声に近づくことを目指しているわけですが、本質的にはどこまで行っても本物ではない…という意味で、「-oid」というのは絶妙なネーミングだったと感じていらっしゃるようです。

私もこの命名は秀逸だったと思っていますが、これには「生身の歌声とは似て非なるもの」という側面もあります。私もVOCALOIDたちの歌は結構いろいろ聞かせてもらいましたが、人間離れした超高速のフレーズや音域の広さをあえて取り入れた曲が多いような気がします。歌手の代わりではなく、新しい楽器として受け入れているのかも知れません。


講堂にはパソコンとプロジェクターが設置されていて、PowerPointのスライドショーに沿って講義が進められるのは今どきならばごく当たり前。しかし、今日はそれ以外にもパソコンが大活躍しました。

パソコンの前には、立派なモニタースピーカーが置かれていて、ネット上に公開されているボカロ曲が再生されたり、過去の歌声合成システムの歌声が流れたり。そして、極めつけは実際にVOCALOID Editorを動かして、サンプル曲を完成させるデモ作業を見せていただきました。パラメータ変更でどんどん歌声が変わっていくのを体験できました。まあ、このあたりは私も体験版ソフトで触ってみたことがあるんですけどね。

ちなみに、剣持氏がいつもデモで使う曲は「キューティーハニー」。幅広い年齢層の方によく知られているから…ということでしたが、このお茶目な選曲は確実にウケます。剣持氏は、音楽文化への貢献が高く評価されて、今年日本弁理士会会長賞に選出されたのですが、川勝平太知事への表敬訪問のときにも、この曲でデモをしたのだとか。知事は大変喜んで、「私もVOCALOIDを使ってみたい」と言われたそうですが、本当に使っていらっしゃるのでしょうか。想像するとちょっと笑ってしまいます。


VOCALOIDが、どんな方法で歌声を合成しているのか?という技術的な説明も、かなり突っ込んだレベルで聞くことが出来ました。歌声の音素(母音とか、子音とかの発音の最小単位)のつなぎ目の部分に着目し、録音したサンプル同士をなめらかになるようにつないでいく…というのが基本なのだそうですが、この「なめらかになるつなぎ方」が肝になります。

なめらかにつなぐためには、前後の音程や音量だけでなく、音色を合わせる必要があります。複雑な波形を持っている音を、ベースになる周波数の正弦波(最もシンプルな音色で、いわゆるサインカーブの波形になります)、そしてその整数倍の周波数の正弦波の和となるように分解し、これらの混合比として「音色」を表現します。どんな波形でも、理論的にはこの手法(大学の数学で習う「フーリエ変換」という手法ですが)で近似することが可能で、正弦波の混合比を合わせることで音色を合わせていくことになるようです。…三角関数も知らない小中学生の子たちには、ちょっと難しすぎたかも。

実は、このあたりの方法論は、かつてヤマハが開発し一世を風靡したFM音源のシンセサイザーと原理的には同じもので、私がかつて使っていたハードウェア音源による歌声合成の頃とも変わっていません。これらの処理を、計算速度の向上により、単純化された合成音声ではなく複雑な生音を対象に行えるようになったのが、VOCALOIDとそれ以前との差なのかも知れません。


盛りだくさんの講義で、得られたものは非常に多かったんですが、もう少し技術的な部分以外の話が聞けると良かったかな?と思いましたね。最初にWebで見つけた講義案内では、図書館企画なだけに、読書とのつながりについても話が用意されていたようなんですが、時間が足りなくなってしまったのでしょうか。静岡から東京まで1時間半かけて通勤しているという剣持氏ですから、きっと通勤時間をいろいろな本を読む時間にも活用しているはずです。

自分のことを振り返ってみると、同じくらいの時間をかけて通勤しているのに、本はほとんど読んでいないのに気づきます。ほとんどの時間は目を閉じて頭を休めている…という感じ。読書に限らず、もうちょっと有効に活用できれば、一皮むけるのかも知れませんね。


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