全幅の信頼

もうずいぶん前の話題になりますが、原子番号113の新元素の名称案として、「ニホニウム」(Nihonium, 元素記号はNh)が公表されました。今後5ヶ月間は名称案に対しての意見が公募され、特に異論がなければ正式な名称となります。

113番元素は、日本の理化学研究所の研究グループが発見した…と国際的に認められ、彼らに命名権が与えられていました。日本初…どころか、欧米以外の国が初めて発見した新元素ということで、「日本(にほん)」から取ったこの名称が提案されたのだそうです。

あまりにもひねりがないなぁ…とも感じるわけですが、発見者にちなんだ国や都市などの地名が付けられるのは、元素名としては結構ポピュラーなパターンなのだそうです。「キュリー夫人」ことマリー・キュリーが、夫のピエールと共に発見した原子番号84の新元素に、当時ロシアに占領されていた祖国・ポーランドから名前を取って「ポロニウム(Polonium、元素記号Po)」と命名したのは、小学生の頃に伝記で読みました。

人名から付けられる元素名も結構あるのだそうですが、発見者が自身の名前を付けた例は今のところひとつもないそうです。ちなみに、キュリー夫妻の名前は、後の科学者によって原子番号96の新元素キュリウム(Curium、元素記号Cm)の名称に使われることになりました。


私の「ニホニウム」に対する第一印象は、「日本人はともかく、国際的には実に読みにくそうだなぁ」ということ。以前に名称候補に挙がっていた「ジャポニウム」あたりのほうが、国際的にはずっとウケが良さそうな気がしますが、日本語から名前を取るのが、理研の皆さんのこだわりだったようです。

日本語から取るのは良いとしても、「にほん」より「にっぽん」の方が海外の皆さんには読みやすいはずでは?…と思ったわけですが、話はそう簡単ではないのだそうです。

20世紀の初め頃に、日本の科学者が新元素を発見した…ということで、「ニッポニウム」という名称を付けて発表されたことがあったのですが、裏付けを得ることが出来ず、その後、この発見は誤りだったということになりました。別の新元素が見つかったときに、1度でも使われた名前と同じになってしまうと紛らわしいので、使わないことにしているのだそうです。つまり、今回113番元素に「ニッポニウム」とは命名できなかったわけです。


ところで、今回はニホニウムの他にも、まだ名称が決まっていなかった3つの新元素について、同様に名称案が公表されました。それぞれ、こんな名前になっています↓。

115番元素:Moscovium(モスコビウム、元素記号Mc)

117番元素:Tennessine(テネシン、元素記号Ts)

118番元素:Oganesson(オガネソン、元素記号Og)

それぞれ地名や人名にちなんで付けられた名前ということで、新元素の命名法としてはごくごく普通のパターンではありますが、実は注目すべきなのは、頭よりも語尾の方だったりします。

自然界に存在するもっとも原子番号が大きな元素であるウラン(原子番号92、元素記号U)よりも原子番号が大きい、いわゆる「超ウラン元素」には、全て語尾に「…ium」が付けられていますが、117番元素、118番元素はそうではありません。これは、単に「その方がちょっとカッコいいかも」というわけではなく、ちゃんとした理由があります。


化学の授業で、元素の「周期表」というものを勉強したのを、皆さん覚えているでしょうか。「何だったっけ?」という方でも、「すいへい、りーべ、ぼくのふね…」と言えば、もしかすると思い出すかも知れません。

あらゆる元素を、原子核に含まれる陽子の数(=原子番号=原子核を回っている電子の数)の順番に並べると、周期的によく似た性質の元素が現れます。これを「周期律」と呼び、周期律を踏まえて元素を並べた一覧表を「周期表」と呼びます。

19世紀にメンデレーエフが周期表を提唱したときには、よく似た性質の元素が縦に並べられ、未発見だった元素の位置は空白で残されました。その後空白の位置に発見された新元素の性質が、周期表でその上下にある元素とよく似ていた…という例が続き、周期律の正しさは科学者たちの間で認められました。

そもそも、元素名の語尾に「…ium」と付けるのは、金属元素の場合の慣例で、そうでない元素にも命名のルールがあります。117番元素が収まるはずの17族は「ハロゲン元素」と呼ばれるグループ、そして118番元素の場所である18族は「希ガス元素」。そこで、ハロゲンの語尾である「…ine」、希ガスの語尾である「…on」を付けた…ということのようです。


今回命名された新元素たちはどれも不安定で、寿命が長いものでも秒単位の短時間しか存在できません。そんな状況で、そもそも出来上がった新元素が金属なのか、ハロゲンなのか、希ガスなのか…などという確認は非常に困難です。

それでもテネシン、オガネソンという命名をした科学者たちは、周期律に全幅の信頼を置いていることがよくわかります。信じられる太い柱があるのは、研究に携わる皆さんにとって心強いことでしょう。

もっとも、性質について裏付けを取るべく、半減期数十秒のある超ウラン元素で、酸化物を合成してみた強者もいらっしゃるそうですね。しかも、これが周期表で真上にある元素とよく似た性質を示したのだとか。周期律、大したものです。


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