もう先月の話になってしまいましたが、10月下旬の風物詩のひとつといえば、私にとってはプロ野球のドラフト会議があります。今年も10月27日に開催され、多くの若者たちのプロ野球選手としての最初の行き先候補が、12球団に振り分けられました。
今年も、複数球団からの1位指名が同一の選手に集まって、くじ引きが行われました。中日ドラゴンズは、3球団によるくじ引きの結果、東海大甲府高校の高橋周平(たかはし・しゅうへい)選手との交渉権を獲得しました。甲子園には行っていませんが、高校生離れした長打力が持ち味の選手です。チームの顔になれるような選手になって欲しいですね。
今年のドラフト対象選手の中で、実力の点では最も注目を集めていた選手のひとりが、東海大学の菅野智之(すがの・ともゆき)投手でした。150km台後半のストレートと多彩な変化球を使いこなし、大学野球では華々しい実績を積み上げてきました。本来なら、多くの球団からの1位指名が競合しても全く不思議のない選手です。
しかし、彼については競合はまず起こらないだろうと思われていました。彼の母親の兄は、読売ジャイアンツの原辰徳監督。本人も、伯父である原選手に憧れて野球を始めたのだそうで、ジャイアンツ志向はかなり強かったようです。他球団からの指名なら社会人野球とか、メジャー行きとかいう話も出ていて、おそらくジャイアンツ以外の球団は指名を見送ると予想されていました。去年の澤村拓一投手と同様のパターン。さらに血縁まで絡む今回はそれ以上の鉄壁…のはずでした。
ところが、蓋を開けてみると、ここに果敢に指名をぶつけてきた球団がありました。北海道日本ハムファイターズ。去年も意表を突いて斎藤佑樹投手を指名し、4球団によるくじ引きを引き当ててしまった「実績」があります。そして、今回もジャイアンツとの一騎討ちのくじ引きで、見事交渉権を引き当てました。ここ一番の強運は大したものです。
まさかのファイターズの交渉権獲得に、菅野選手サイドは怒り心頭。彼の祖父(原監督の父親)で、東海大野球部の顧問でもある原貢氏は、事前にファイターズから指名の挨拶がなかったことを、「だまし討ち」「人の道に外れている」、さらには「人権蹂躙」とまで言い放ちました。当然、ファイターズへ入団させる気持ちなど全くあるはずもなく、それでも一応「最終的には本人が決めること」と言うあたりはさすがにオトナの対応です。
当の菅野選手本人も、早々にファイターズには入団しない意思を固めたと伝えられています。それも、社会人野球やメジャーリーグに進むわけではなく、どこにも所属せずに1年浪人し、来年のドラフト会議での指名を待つようです。あの元木大介氏と同じパターンですね。
しかし、この手を使うのはあまりにもリスクが大きすぎます。浪人の身分では公式戦には全く出場できず、どんなに頑張ってトレーニングを積んだとしても、野球選手として成長していく上では不利だと思います。その1年間で深刻な故障を抱えてしまい、野球選手としての人生を棒に振ってしまう可能性だってゼロではありません。
無事に1年間を乗り切れば、2度も他球団を振った長野久義選手の例もありますし、さすがに今度は強行指名をしてくる球団はないでしょう。ジャイアンツだって、おそらく彼の「ジャイアンツ愛」に応える1位指名はするはずです。しかし、ジャイアンツに入団できたとしても、そこに憧れの伯父さんがいる保証はありません。もし来季ジャイアンツがBクラス落ちでもしてしまえば、原監督のクビだって安泰ではないはずです。
一昨年の長野選手、昨年の澤村投手と、ジャイアンツはドラフト1位指名で獲得した選手をきちんと1軍の戦力に育ててきています。また、育成選手が1軍の戦力に成長している例も最も多いと聞きます。超大物ルーキーをくじ引きの結果獲得しても、全然表に出てこない例が多々あることも考えれば、憧れやジャイアンツ愛云々は抜きにしても、ジャイアンツという環境は新人選手に魅力的であるかも知れません。しかし、その点を考慮に入れても、来年ジャイアンツ入りできる「かも知れない」というプラス要素に対し、マイナス要素があまりにも多いのではないでしょうか。
彼のプレーをプロ野球で見られるのが遅れる(これもあくまでも「かも知れない」ですが)という点では、私たちプロ野球ファンにとってもマイナスです。考えれば考えるほど、菅野選手の選択は、それが良いか悪いかはともかく、少なくともオトナの選択ではないような気がしますね。
今回の菅野選手の指名に関しては、当事者の誰もが良い思いをしていないという、何とも残念な状況になっています。もしもファイターズが強行指名をしなければ、ジャイアンツの単独指名でめでたし、めでたし。思い通りの補強が出来なかったファイターズが残念な思いをするだけで済んだはずです。
しかし、それで本当に良いのでしょうか。ドラフト制度が球団間の戦力の均衡化を図る制度である以上、有力な選手を獲得する機会が特定の球団のみに集中するのは良いことではありません。菅野選手のジャイアンツ入りがすんなり決まってしまうようでは、制度は十分に機能しているとは言えません。
一方で、将来有望な若者の進路がくじ引きで決められてしまうのは、それこそ人権蹂躙といわれても仕方ないかも知れません。誰の立場になってみても、どこかに不条理が残ってしまうこの制度。もう少しスマートに、誰もがもうちょっと納得できる方法はないのでしょうか。
それにしても、この手の話になるといつもジャイアンツ絡みのような気がしてしまうのは、私だけではないでしょう。栄光の巨人軍のブランド力は未だ健在です。
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